西武ライオンズの清原和博を知ってるか?【第5回】

PL学園の主砲として甲子園を沸かせた清原和博。1985年の運命のドラフトによって盟友桑田真澄は巨人に入団、憧れのチームに裏切られ忸怩たる思いを抱えながらも、18歳の清原は西武ライオンズ入りを決断。彼はここで野球キャリアの中でも最も華々しい活躍をすることになる。そんな彼がひとりの野球人として輝いていた西武ライオンズ時代約10年間を描いた『キヨハラに会いたくて 限りなく透明に近いライオンズブルー』(7月21日発売/白夜書房)よりお届けする。

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1985年③
憧れた巨人はライバルのもとに

友達と受験の合格発表を見に行くのは最も危険な遊戯だ。

だって自分だけ落ちたら惨めだし、受かっても気まずいし、喜べないし。だから俺は駅前のタイ式マッサージ屋にも必ずひとりで行くようにしている。セラピストの逆指名もしない。あんまり期待しちゃうとダメだったときのショックがデカすぎるから。あの日のキヨマーのように、だ。

小泉今日子のシングルレコード「なんてったってアイドル」発売前日、1985年11月20日、3時間目の授業中だったPL学園教室にドラフト会議の第一報が入る。「桑田、巨人が1位や!」と誰かが叫びながら廊下を走ってきたのだ。一巡目で6球団が競合した清原和博は抽選で西武が交渉権獲得。その清原が憧れた巨人の1位は、なんとプロ野球関係者と接触するために必要な退部届けも出さず早大進学を明言していた盟友・桑田真澄だという。なんでや……あいつははっきりと早稲田へ行くと言うてたやんか……頭が真っ白になり、校長室に移動して映像を確認してから記者会見へ。そこで涙を浮かべた18歳の少年は大量のカメラのフラッシュを浴びながら、「今はあまりなんも言えません……」と消え入りそうな声で絞り出す。対照的に桑田は会見でも冷静だった。

「まさか、(自分の名前が)あがるなんて思っていなかったですから。もうびっくりしたのひと言です。清原君がすごくジャイアンツに行きたいということを言っていたので、もしジャイアンツへ入れたらがんばれよっていつも声をかけていたんです。それで蓋を開けてみれば僕が1位でなんかすごく清原君に悪いような気がするんですが、まあジャイアンツが……自分では実力はないと思ってるんですけど、1位にあげてくれたということは非常に嬉しく思っています」

あれ? 野球バカになりたくないと真面目に授業を受け続け、1カ月前の国体終了時に「100%進学です。僕を指名しないでください」と宣言したわりには意外と嬉しそうな……。となると、当然世間は巨人と桑田の密約説を疑う。夢破れたキヨマーの涙も効いた。野球部の寮では一部の部員がバット片手に桑田を探しまわり、PL野球部の中村監督も「2人の友情を裂くような巨人の行為に憤りを感じます」なんて怒りを露わに。この様子はメディアのトップニュースで報道され、完全に社会的事件扱いだ。直後に発売されたファミコンソフトが『ポートピア連続殺人事件』ってそこじゃなくて、人気アニメ『タッチ』の上杉達也の投球フォームモデルとなり、甲子園の清く正しく美しいアイドル投手だった17歳は、一夜にして球界最大の悪役となったのである。

ここでドラフト当日のスポーツ新聞各紙の巨人1位指名予想は、機関紙の報知が「伊東昭光(本田技研)」、サンスポが「清原か、長富浩志(NTT関東)」だったし事前にある程度の予測はできたんじゃなんて冷静な突っ込みは野暮だろう。すでに一途な想いを裏切られた清原、ヒールの桑田というストーリーだけがひとり歩きしているような印象すらある。ただ、さすがというか世界の王監督はくぐってきた修羅場の数が違う。己の現役引退すら直前まで隠し通した男は、ドラフト会場で「ビックリされたようだけど、こちらとしてはね、ある程度自分ではそういう風に思ってましたしね。決して清原君が駄目だとかそういうことじゃなくて。今現在ジャイアンツにはピッチャーが欲しいんだ」と報道陣の質問に答え、ドラフト司会を務めていた当時のパ・リーグ広報部長パンチョ伊東氏は、のちに『プロ野球ニュース』のインタビューにこう舞台裏を明かしている。

「(指名の用紙を)パッと見たら、読売……そしたらね、桑田真澄と書いてある。ビックリしましてねぇ、正直言って。ちょうどね私の斜め前、45度くらいの角度だったのかな。読売巨人軍のテーブルでした。王貞治さんが監督でねえ、こっちを見ていてねえ。僕はその紙を見てビックリしたんでね、パッと思わずそのテーブルを見たわけ。そしたら王さんが僕の方を見てねニコッと笑って、パッとこんなこと(ウインク)やった記憶がある。はーっと思ったんですよ」

このドラフトのキーマンのひとりは桑田の父・泰次氏だった。近鉄八尾駅前のスナックで巨人スカウトと同席していたという妙に生々しい噂も流れ、『週刊ポスト』では「西武は外れ1位で桑田君を指名させていただきます、とドラフト前夜に電話を入れてきた」と爆弾証言。桑田本人も引退後に雑誌『Number』の取材で「真澄、3球団が1位で指名してくれると言ってきたんだけど、どうする?」なんてドラフト当日の朝に父から電話で聞かれたと明かしている。そして、その3球団の中に巨人は入っていなかった、と。幼少期は家族で六畳一間に暮らすほど生活に困り、PL学園進学のために中学3年の3学期に転校を余儀なくされた。周りの大人たちは別の高校に行けば野球部全員を採ってくれる、お前に友情はないのかなんて責めてくる。PLサイドの監督もプロ入りすれば早大とのパイプが途絶える、進学しなければ自分は辞めるの一点張りだ。みんな組織の面子のことしか考えてない。もう誰も信じられへん。

…つづく

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