【プロ野球】“勝ち続けた男”星野仙一『1997年の星野中日』

中日ドラゴンズ星野仙一監督(当時)

笑いと屈辱に満ちた暗黒期にスポットをあてたライター・中溝康隆氏によるプロ野球コラム。今回は、1997年の“星野中日”を特集する。

「鉄拳制裁星野」

かつて球場の外野席には、そんな横断幕が誇らしげに掲げられていた。っていや絶対ダメでしょ。応援団自ら指揮官の鉄拳アピールをかましちゃうって、令和なら即炎上して監督解任案件だからね。まさに「重罪判決」……は懐かしの、ほしのあきイメージDVDのタイトルだ。初めての監督就任時にサンドバックを発注して、選手に致命的な怪我をさせない殴り方を研究した拳がうなる彼の名は、星野仙一。

昭和の中日のエースを張り、巨人のV10を阻止した通算146勝右腕。「何が起こるかわからん世の中。ならば、スタート地点から、とにかく必死で走れ。走って走って走り抜け。途中でバテたらどうする? その時はその時のこっちゃ。オレはこの無計画性こそ、人生マラソンの真骨頂だと思う」と自著『男の人生にリリーフはない』で書き綴り、マジで無計画に監督になったら大失敗した元近鉄のビッグワンこと鈴木啓示と同じ1947年生まれだが、早生まれのため学年は星野が1つ上。現役引退後はNHK『サンデー・スポーツ・スペシャル』のスポーツキャスターを務め、CMや講演引っ張りだこで年間3億円以上を稼ぎ出し、女性週刊誌では「不倫したい男No.1」に選ばれたミスタードラゴンズだ。

仙ちゃんは指揮を執った中日、阪神、楽天とすべての球団でリーグ優勝を経験した、“勝ち続けた男”でもある。そんな闘将・星野が中日時代の就任直後にロッテから落合博満をトレードで獲得して、88年にはリーグ優勝を飾ったことは有名だが、一度だけ最下位に沈んだことはあまり知られていない。

1997(平成9)年シーズンの出来事である。前年、5年ぶりに監督復帰すると、最終盤までライバル巨人と優勝争いをしながら、ナゴヤ球場の歴史に幕を閉じる10月6日の最終戦で惜敗して、目の前で長嶋監督の胴上げを見せつけられた。現役時代からドラフトで自分を指名しなかった憎きジャイアンツ戦に投げる前は、「普通なら登板2日前からの禁欲でいいのに、巨人戦前は最低3日間は女体を遠ざけることにしていた」(星野仙一の巨人軍と面白く戦う本/文藝春秋)という謎のルーティンを己に課していた指揮官が、2位の屈辱を胸にナゴヤドーム開場元年の97年シーズンに臨む。戦前のアングルとしては完璧だった。

だが、97年は波乱の幕開けとなる。1月31日に最愛の扶沙子夫人を白血病で亡くしたのだ。星野が明大2年時に出会い一目惚れ。運輸省の局長の娘で慶応大学のマドンナと呼ばれ、プロ入り1年目の冬に結婚して以来、星野を支えていたのはひとつ年上の姉さん女房だった。告別式で「やんちゃな私を、あの手この手でなだめすかしたり、考えると、今日まで扶沙子の掌の上で一生懸命がんばったような気がします」と初めて人前で涙を流す闘将の姿。だが、心配した“親分”こと大沢啓二がキャンプ地を訪ねると、いつもの調子で「清原なんて去年はまったく名前が出なかったのにジャイアンツに入ったとたん、清原、清原でしょう。もうチャンチャラおかしいと思ってるんですよ」とFAで西武から清原和博を獲得した宿敵に牙を剥く戦闘モードを強調してみせた。スローガンは前年に続き、「ハード・プレー・ハード」でグラウンドに一歩出たら戦争だと吼える血気盛んな50歳。現役時代は巨人戦に打たれると翌日に即リベンジしたくて、「投げさせっ! 投げさんと、もう帰ってしまうぞ。もう投げんぞ!」なんて自チームの投手コーチを脅迫しちゃう狂犬ぶりは健在である。

90年代中盤からいち早くインターネットで自身の情報を発信し、果敢に名古屋の政財界のど真ん中に食い込み、ドーム元年の星野中日を支持する財界人後援会「仙友会」のメンバーは460名にまで膨れ上がった。なんと星野はその一人ひとりと写真を撮り、全員の名前を覚えてみせたという。まさに球界最強のジジイ殺しと恐れられた政治力と行動力だ。雑誌『中部財界』には「静かでやさしすぎる(ファンの目にはこう映る)中日の戦団には星野仙一監督はうってつけでよく似合う。「火の玉」の仁王像でたちはだかる風姿こそ好ましい」と書かれ、仙友会の天野会長からグラウンド上で「もう少し喜怒哀楽を出してもいいのでは」と指摘された。あのファイター星野の姿は、猪木にプロデュースされたタイガー・ジェット・シンのように、周囲から求められる“闘将”を意識的に演じていた面も多々あったのだ

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